"The Red Chapel" @Greater Union 6
ある人がある人にメッセージを伝えたいとする。電話みたいなものを考えてみよう。ところが,通信に使う媒体が非常にノイズが多くて,何を話しているのかさっぱりわからない。そんなケースを考えてみる。工学的にはノイジーな通信路と言われるもの。こういう場合,メッセージにわざと冗長な部分を付け加えることで,正しいメッセージをできるだけ多く伝えるようにする。これが情報理論でいう通信路符号化の考え方だ。
いやぁ,アブない映画だった。デンマークの映画監督が,韓国系デンマーク人のコメディアンを 2 人連れて北朝鮮に乗りこむ。この時点で,既にかなりアブない。しかも,一人は自称けいれん症患者で,ほとんどまともにしゃべれない。この作品は,文化交流を目的として平壌でショーをするまでの間,北朝鮮当局とのやり取りやリハーサルの様子を記録したドキュメンタリー。
監督は,この 2 人をチャンネルとして,北朝鮮の人達に西洋の娯楽を伝えようとしているかのように一見見せている(もちろん本音はそこにはない)。一方,北朝鮮側は,彼らの下品な芸風(いや,ホントに下品)を何とか偉大なる指導者を讃えているかのように見せようとする。冗長な情報を付け加えるんじゃなく,ネタそのものをすっかり変えようとしているところが爆笑を誘う。一見,互いに意志の疎通を図ろうとしているように見えるが,両者のアプローチは本質的な部分で全く食い違っている。建前どうしは絡み合って,ノイジーな通信路を通して通じ合おうとしているように見えるが,本音の部分では,そもそも全く相手の方を向いていない。工学的にはプロトコルそのものが共有されていないとも言える。ひたすらコミュニケーションの失敗だけが積み重ねられていく。
ところが,これらの出来事をある種の媒介として,監督の意図だけは,見ているこちら側にヒシヒシと伝わってくる。彼は,自らの主張が観客に効果的に正しく伝わるよう,2 人の芸人と北朝鮮の政府関係者までもを巧みに操る。ここが通信路符号化に相当していると言っていい。
この映画も,マイケル・ムーア以降,数多く作られるドキュメンタリーの系譜上にあることが次第に分かってくる。最近だと「ザ・コーヴ」なんかとも同じカテゴリーに入る作品だ。この映画が伝えるメッセージを正しいものとして信じるかどうかは我々の自由だ。盲信するのはある意味危険かもしれないが,さもありなんと思わせるところがウマい。北朝鮮側も彼らの申し出を逆にプロパガンダに使おうとしているので,恐らくここで繰り広げられている出来事の信頼性は極めて高い。その意味でも貴重な記録映像と言える。
一見,爆笑に次ぐ爆笑を誘うバカ・ドキュメンタリーに見える。娯楽性も非常に高い。しかし,その本性は,ドキュメンタリーの現在形が孕む危険性を自認した確信犯による問題作だ。
The Red Chapel
(2009 年 / デンマーク / 87 分 / ドキュメンタリー / 一部白黒)
監督:Mads Brügger
出演:Simon Jul / Jacob Nossell
2010年サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門グランプリ
★★★★★★★★☆☆
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