2010年8月3日火曜日

MIFF #11

"Poetry" @Greater Union 4

この女性は,そもそも詩人だったのだ。

イ・チャンドン監督の新作,『詩』のストーリーは,ある女子生徒の自殺と,その生徒と同じ学校に通う孫を持つ女性が詩作を習うさまが,危うく絡み合いながら進行していく。音楽をまったく伴っていないこともあり,その緊張感は物語の進行とともに,静かに,かつ少しずつ増幅されていく。

彼女は詩を習い始めるが,なかなか形にできない。加えて,物の名前を忘れるようになったことがアルツハイマー病の初期段階であると診断される。詩が,風景や人間の想いを表現する媒体として「言葉」に依存している以上,これは一見致命的に見える。しかし,どうだろう? 彼女は,憐れみ,悲しみといった感情のみならず,美しい花や日常の風景を愛でる心を確かに持っている。それを形式としての「言葉」に変換できずにいるだけなのだ。もし,我々が言葉を失くし,互いの心を見通すようなノンバーバルなコミュニケーションを身につけていたならば,彼女は生まれながらにして,偉大な詩人と称されていたかもしれない。(そんな世界で「詩」という形式が意味をなすかどうかはわからないが…)

アンパンマンでおなじみ,やなせたかしさんは著書『誰でも詩人になれる本』の中で「大切なのは詩の勉強ではなく激情だ。」と説いているということだが,確かにそう思う。僕だって,心の底から感動したり,嬉しかったり,怒ったりした時には,自然に手が動き,筆が進むような経験をしたことがある。激情は,人の想いを「言葉」に変換するための触媒として確かに機能するのだ。

事実,彼女はラストで素晴らしい「詩」を書き上げる。二つのストーリーラインが絡み合い,増幅し続けた緊張感が極限に達したとき,彼女の心の叫びは,激流のように「言葉」となって解き放たれる。彼女が言葉を失い始めているにも関わらず…

カンヌで脚本賞を獲ったということはダテではない。心と詩の問題だけでなく,言葉が元で生じるコミュニケーション・ギャップや憶測,誤解といったことなども時折絡められたプロットは,ある意味計算しつくされているようにも映る。しかし,イ・チャンドン監督がこの物語をいかに巧妙に紡ごうにも,主演のユン・ジョンヒの演技がなければ,これほどまでに観る者の心に訴える作品にはならなかっただろう。

主人公の聡明さ,心の動き,そして言葉を実際に体現したのは彼女に他ならないのだから。

Poetry (原題: 시 / 詩)
(2010 年 / 韓国 / 139 分)
監督・脚本:Lee Changdong (이창동 / 李滄東)
主演: Yun Jeonghui (윤정희 / 尹静姫)
2010 年カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞

★★★★★★★☆☆☆

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